お城の天守閣はなぜ作られたのか?

日本のお城といえば、あの巨大な天守閣が思い浮かびます。
しかし、どうして、あの天守閣を作るようになったのでしょうか?
時代考証家の稲垣史生先生の『戦国時代大全』(稲垣史生著/KKロングセラーズ)から、その理由を探ります!

お城といえばだれでも、まず天守閣の威容を思い浮かべると思いますが、
それほど、われわれの印象では、
城における天守閣の比重が大きいと思われています。
しかし、もともとは、天守閣は城のなかでも比較的高い櫓を、
便宜上そう呼んでいたまでのことで。
記録によると、尾張楽田城の天守閣は、
五間(約九メートル)に七間(約十三メートル)というから、
われわれのイメージにある天守閣の十分の一にも満たない
ミニチュアサイズである。
じっさい、たんに軍事的な見地からみれば、
安土城や大坂城のようなバカでかい天守閣は不必要だったのである。
では、なぜ信長たちは壮大な天守閣を作ったのでしょうか。

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